魔性の女・クロネコ

クロネコチンがあんなにあくどいというか執念深いというか仕事きっちりというか、とにかくああいうひとだったとは知りませんでした。

そうそれは今朝俺がちんたら起床したときに発覚しました。キッチンがもぬけの殻だったのです。換気用に薄く開けた窓がその向こうの網戸ごと開いており、窓にいっぱい足跡がついていて、血も少々。ニャンニャン君が窓をこじ開けて脱走したのでした。換気など、気にしなければよかった。ニャンニャン君もいままでは窓など気にもしなかったんですがやはり昨日のことで思うところがあったのでしょう…。


すぐに外に出て捜索を開始しましたがニャンニャン君はどこかに隠れているらしく、脱走パニックならしばらく動くとは考えにくかったので日が暮れるまで待つことにしました。去勢手術のときに俺がお医者さんに「家ネコになるか試したいから耳は切らないで」と言ったために、お医者さんが気を利かせて、ニャンニャン君の爪をすべて切ってしまっていました。これでは野良としてやっていけないです。塀への上り下りはできても、小動物は殺しにくいはず。ケンカでも勝てない。だから絶対に捕まえなければいけなかったんです。

果たして夕方、ニャンニャン君は家の前の路駐車の、よりによって超シャコタンなやつの下から俺の呼びかけに応じました。シャコタン、手が入らねー。手さえ入れば引きずり出すのに。食べ物で釣ろうにも、ニャンニャン君は不信感を露にして「そこに置いていって!」とにべもなく。必死の説得を繰り返す俺の声を聞きつけてクロネコチン様参上。心を鬼にしてクロネコチン様を蹴散らす俺。動じないクロネコチン様。甘く見られている俺。落ち葉を投げて応戦する俺。怪訝そうに距離を置くクロネコチン様。シャコタンの下へ説得を再開する俺。臨戦態勢で忍び寄るクロネコチン様。怯えて声が低くなるニャンニャン君。クロネコチン様を怒る俺。くりかえし…。夜は友達が来ることになってて忙しかったし、もっと夜まで空腹にさせて、あとで一気に勝負つけたるわ!と一時戦線離脱。

クロネコチン様の様子を見て、これで俺はもう完璧に、ニャンニャン君をあきらめることは不可能になったわけです。翌日に延長させてAT行ってネコ罠取ってきてのんびり捕まえようなんて悠長な案も却下。放っておいたらクロネコチンにられるから。ネコのケンカの声がするとりょーがすっ飛んできて報告してくれるから家にいてもすぐに止めに入れるし、りょーを放せばネコたちはケンカをやめるから、そのときはまだ、クルマの下からニャンニャン君を引きずり出す程度のミッションだと思ってました。たかがネコだと思ってた…

2時間後、友達と夕飯食べてたら、庭にクロネコチンが。はいはい、と庭に出ると、なぜかクロネコチンの声がユニゾンで聞こえて… 塀を見上げると、一段高い塀のところに、ニャンニャン君が!!! 帰ってきたよ自分で!!! でもおまえそれは自殺行為!!! なんて間が悪いの!!! クロネコチンは一瞬、あたしがネコ鳴きをしていると勘違いして何度か鳴いてみて、でもすぐに違うと気づくとむっとした顔で 「… なんだコラ?」 と凄み、しかしニャンニャン君は塀の上から俺をひたと見つめて必死の形相でニャー!ニャー!と鳴き、俺はひとり地上でなすすべなく、クロネコチン!だめ!ニャンニャン君逃げて!バタバタし、その2秒後にクロネコチンがニャンニャン君に襲い掛かり、 ギャー! と悲壮な絶叫が轟くやいなやふたりは塀の向こう側へ消えてクルマの下にもつれ込み、そこへ俺がりょーを出動させて蹴散らしクロネコチンを叱りながらちょっと遠くへ追いやり… でもそこでニャンニャン君の声は途絶えてしまいました。相当怖かったらしい。こうなるとニャンニャン君は無言になり、動きません。これはまた時間を置かねば、というわけで一時帰還。

そして決戦の11時。りょーの散歩後捜索再開。コンビニでゲットしたネコ缶をネコケージに入れて、かすかな声を頼りに探すもどのクルマの下にもニャンニャン君の姿はなく。でもクロネコチンがちょっと離れた塀の上でのんきにニャーとか言ってる。あたしはだまされないわ、そのニャーはあたしへの挨拶のニャーだけど、あんたはそこでニャンニャン君を待っているんでしょう。なんて恐ろしいネコなのクロネコチン。あんたがいたらニャンニャン君出てこれないよ… つーかいねーよ… と視線をめぐらすと、

木の上にニャンニャン君が!!!

爪ないのに! よく登ったなあ…。細い木の3メートルくらいのところの木の枝のところで、ニャーニャーって。ニャンニャン君!!!と呼ぶと、どうしよう、たすけておばちゃん、と困り果てていて。あたしだって困るよ!億ションの敷地内だから入れないし、自分で降りてもらわないと。子猫じゃないんだから降りれるよ!と、励ます俺。困りながら、なんとか降りようとするニャンニャン君。でもクロネコチンを気にしていたので、落ち葉をめちゃくちゃに投げてクロネコチンを遠ざけた。子花もそばでウロウロ甘えて邪魔くさいからうちの庭に閉じ込めた。さあこれでだいじょうぶよ!あたしの首ももう限界!はやくして!

普通ネコは頭を下にして降りるんだけど、ニャンニャン君は自分の爪の不具合に気づいているみたい、いつものように降りたらストップが効かないからか、何度か頭を下に降りようとしてから、あきらめて、何度目かに意を決したように、お尻を下に、降り始めた!かしこい!そしてその勇気に乾杯!泣く俺!ゆっくり不恰好に降りながら、途中で別の枝で休んで体勢を立て直して、やっと降りれた!ニャンニャン君!よかった!地面にうずくまって、あたしを振り返ってニャーと言うニャンニャン君…!起き上がると、俺のほうに小走りに…

ウギャアー!!!

クロネコチン、カットイン!さすがの俺もちびりそうになりました!あんたどこで見てた、いまの一部始終を!!!クロネコチンストーリーでは俺は、憎っくき縄張り侵害者を木の上から下ろした功労者?!

「よーしよくやったぞ下僕あとはあたしにまかせな!」

ってかんじ…?!

やめんかー!と怒鳴りつけてクロネコチンを路地の向こうまで追いかけて撒き、クルマの下に逃げ込んだニャンニャン君にだいじょうぶ?!さあ、ネコ缶よ!とネコ缶を差し入れながら、そうしながらも実はさっき蹴散らしたのがクロネコチンなのかニャンニャン君なのか、よくわかってなくて半分賭けだったんだけど、結果オーライでクルマの下にいたのはニャンニャン君で、バカなので 素直なのであの惨劇の数秒後だというのにネコ缶に誘われてくれて、ふん捕まえてケージにぶち込んで帰宅。図太い 肝の据わったニャンニャン君は、家に入ってりょーにシャーと言ってからケージの中でネコ缶をバクバク食っていました。なんという器のでかさでしょうか。

ニャンニャン君は、昨日怖い思いをして必死に家を飛び出したはいいけど、外は外でおそろしいことに気づいたのでしょう(そりゃ恐ろしいですよ、クロネコチン、本気と書いてマジだもん)。帰宅するなり俺に甘え、箸からチキンレバーを食うニャンニャン君も不可解ですが、年端もいかない甥をあそこまでして駆逐せねば気がすまないクロネコチンも不可解です。あと、あたしってあなたたちの、なに?なんで翻弄されてるんだろあたし。いや本望だけど… なんか釈然としない…

というわけでニャンニャン君、無事に帰ってきました。いやホントにこういうこともありますから、かっこいい名前じゃないとアレだなと、思い知りました!